通り過ぎるものはもはや出来てるからで、今回思ったことは今回言わないと無くなります。その時にそうと思ったのに一瞬違うことを考えただけで忘れてしまう。無名に必要なんだろうなと思ったって、自分の辺りからでは実体は分かりません。なんぞ適いてる、って近年思いますが、恐らくは未だに違う、という一目があります。そこの部分だけは出来ていないについてだと思いますが、宿命の若さだと思いました。足りてる気がしないグランドにおいては本当にそうで、それ以外の生活には足りてるどころかわずらわしいさすら感じています。往き飽きたり、食べ飽きたり、見飽きたりして、着想あきたなとすら思っています。でも尚、何かが続いていて、身近なところにこうなったらもっといいのにとかもはやそうであって欲しくてもすでにそうなっていて欲しいなって思ったりします。それは宿命の足りなさで、四方よりも若々しい当たり、到達してなさが理解できてきてまっている。